Old diary:自律神経がコントロールできなくなったときに使ったアロマオイル。

NOTEです。

昨日は、祖父の三回忌でした。

祖父は、最初に肺がん、その後、喉頭がんへの転移が見つかり、しばらくして亡くなりました。

80代後半で高齢のため、進行は遅く、肺がんの際には手術をしましたが、喉頭がんは手術をすると声帯を取らねばならず話すことができなくなるため本人の希望で手術はしませんでした。

最期は緩和ケアで、痛みが強くなったためモルヒネを投与、その後、眠るように・・・

祖父は農家の5人の姉弟、上4人が女の子でようやく生まれた長男末っ子のため、甘やかされて育ったことは易く想像できます。

そのため、お見合いで結婚した祖母の苦労は絶えず、父は母と結婚する時

「自分は両親のような家庭は作らない」

と決意。

しかし、円満な家庭を知らない父が円満な家庭を想像するのは難しかったようです。

家族で一緒に何かをする、というのが父の『家庭円満』だったみたいで、することが妻や子供が好きなことかどうかは優先されないことが多く。

アウトドア派の父(しかし山は苦手?)に連れられて、海に、海に、そして海に行きました。

海では楽しくキャッキャウフフと遊ぶのではなく、浮き輪なんて要らないよねって感じで、バタフライの練習をさせられました。

(ちなみに父はバタフライは泳げない)

浮き輪は、結局、小学校4年生くらいの時に、自分のお小遣いで買いました。

浮き輪は、泳がなくていいからラクですね。

そんな感じでしたが、ほどほどに普通の生活を送っていたところ、やはり小学校4年生くらいのときに、祖父の家のすごく近くに家を建てたところ、祖父がよく家に来るようになったんです。

その時間が、とってもたいへんで、すんごい家の雰囲気が暗いんです。

祖父は、だいたい晩ごはん時に来るんですが、いつもはワイワイと今日こんなことがあったよ、って姉弟3人(私 弟×2人)で話してた賑やかな晩ごはんタイムが、シーンと静かで、みんな母が作った晩ごはんを口に詰め込んで、早く晩ごはんを食べ終わろうとしてました。

なんでそんなこと言うんだろうということも、祖父は言ってたと思うんですが、人間の脳は都合よくできていて、私は22歳まで実家にいたんですが、祖父の言葉は、ほとんど覚えていません。

 

社会人になってからは、祖父との交流はほぼゼロでしたが、結婚してからは、たまに手伝いに行くことがあり、祖父は相変わらず不愛想で、みんなが和気あいあいと農作業をすすめていると登場し、シーンと静まり返ったなか、重箱の隅をつつくように文句を言っていて。

ホースの水の撒きかたがダメだと、父が持つホースを取りあげようとして、父がホースを渡さずホースの取り合いになって二人ともびしょびしょになって、母がやめて-と叫ぶこともありました。(今考えると笑えるけど)

 

 

そんな祖父が亡くなって、葬儀の時に、伯母が

「お腹がすいているのか、すいていないのかわからなくなってきた」

って言い始めて、そういえば私もわからなくなってました。

そして、激しくお腹を壊した後、胃腸がウンともスンとも言わなくなってしまい、夜眠れなくなったんです。

2日目くらいまでは、大丈夫、というか気が付かなかったんですが、3日目に

「あれ?私あんまり寝てない」

って気が付いて、それからアロマでなんとかって思ったんですが、頭も働かず。

ナード・アロマテラピー協会から発行されている『ケモタイプ精油事典実践集』の『神経衰弱』レシピでいちばん簡単なのをそのまま作りました。

  • リトセア 1
  • カモマイル・ローマン 1

寝る前にみぞおちに塗布するだけ。

リトセアもカモマイル・ローマンも、両方とも鎮静作用があります。

両方とも、甘酸っぱい香りがする精油です。

これが、衰弱した神経に優しく働きかけたのでしょう、その夜はぐっすり眠ることができました。

翌朝、愛犬にご飯をあげて、リトセアとカモマイル・ローマンをみぞおちに塗っていて思い出しました。

ミニチュアダックスの愛犬が子犬のときに、散歩させていたら

「何ぞそれ、モグラか」

と、軽トラから声をかけてきたり

風が強い日に愛犬を散歩させていたら、大きな耳がペロンとめくれたままだったのを見て

「耳がめくれとるぞ、それ大丈夫か」

と話しかけてきたり

モグラじゃないし、大丈夫だし

って返していたけど、もっと話せたんじゃないかな

そう思ったとたん、涙があふれ出て。

 

 

お読みいただき、ありがとうございました。